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ロマンがあるゲストハウスストーリー

By SeoulStoryMaster 2017-11-29
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2008年の夏のある日、電子メールが送られてきた。JAKE JAKER JAKEST というタイトルだった。私が知っているジェイクは、1年前にバックパック旅行中に北京のゲストハウスで出会ったフィリピン人の友達がいるけれども…。メールを開けてみたらやっぱりその友達だった。

 

メールには、彼が1ヶ月間鍾路(チョンノ)のどこかに泊まっていて、楽しく過ごしているし、韓国が好きになったと書かれていた。それでもお金もあまりない外国人が過ごすには大変なことも多かったはずだ。それで豚の焼肉でもおごってあげようと思い、メールにあった電話番号に電話をかけた。どこに泊まっているのか聞いたら「テウォンゲストハウス」と答えた。まるで「テウォンゲストハウス」といえば誰でもわかるというような口ぶりだった。(後で知ったことだが、外国人のバックパッカーたちの間ではかなり有名な所だそうです。ソウルは「テウォン」、慶州(キョンジュ)は「サランチェ」というように…)

 

ある日の午後「唐珠洞(タンジュドン) OO番地」と書かれたメモを持ってチョンガク駅から道を尋ねながら行った。人気の少ない路地をさまよっている時、ほこり混じりの風が背中の汗を乾かしてくれた。どれくらい歩いただろうか、庶民型の韓屋が立ち並ぶ狭い路地に「INN DAEWON」と書かれた大きな木の看板を見つけた。下の方にはちょっと小さな文字で「テウォン旅館、welcome to Korea」と書かれていた。昔ながらの厚い木製の門を開けて入っていくと、ロの字型の住宅の狭い庭があった。その上には丸い透明の屋根があり、地面にはブロックが敷かたフュージョンの韓屋だった。庭の真ん中には年輪を感じる木製のテーブルと椅子があって、テーブルの後ろの方には人の背丈くらいの植木が並んでいた。50代くらいの社長が出て来て、「ジェイクはちょっと何か買いに行った。すぐ戻ってくるから」と言われたので庭のテーブルに座って彼を待つことにした。日本人と西洋人の旅行者がしきりに出入りしていた。にぎやかだけれど親近感が感じられる大学の近くの下宿屋みたいな雰囲気だった。

 

しばらくして戻ってきたジェイクに会ったけど、けっこう楽しく過ごしている様子だった。一拍7,000ウォンの宿泊施設だけれど、旅行者に必要なものは何でも揃っているし、毎晩庭ではパーティーが開かれるし、友達から韓国を格安で楽しめる情報も得られると言っていた。それだけではない。なんとジェイクは新しく創業してお金も稼いでいた。アイルランド人の友達と一人に街頭でインド産のアクセサリーを売る商売を始めたのだが、昨日は30万ウォン稼いだそうだ。「何だそれ、ボクより稼いでるじゃないか」。ちょっと早い時間ではあったけれど、私たちは庭に座って豚足とお菓子をおつまみにビールを飲み始めた。「おい、ジェイク、けっこう稼いでるみたいだね」などと言いながら一人二人集まってきて、いつの間にかパーティーが始まった。互いに紹介したり、旅行の情報を共有したり、買い物した物を自慢している間、夜は深まっていた。ケンジという同じ年の日本人の旅行者は、最近見た「8月のクリスマス」がとても美しい映画であることを興奮しながら説明していたが、その時彼の話に出てきたホ・ジンホ監督は、今では一番大好きな監督だ。ジェイクの同業者であるアレックスは、南大門(ナンデムン)でインド産のアクセサリーを買ってきて龍仁(ヨンイン)、坡州(パジュ)、九里(クリ)、議政府(ウィジョンブ)などの首都圏の小都市を回りながら売る商売はけっこう儲けがあるし面白いと言っていた。曹渓寺(チョゲサ)で瞑想の授業を受けているスーザンは、韓国の仏教の深みについて熱心に話してくれたし、すでに10回ほど韓国へ来たというくみ子さんは、ソウルのあちこちにあるよく知られていない安くておいしいお店の情報をメモ紙いっぱい書いてくれた。

 

 

苦労しているかわいそうな友達にご飯をおごってあげようと思ってゲストハウスを訪ねたのに、逆に彼らから魅力的なソウルについて学んでいた。外部の人たちの視線というフィルターを通過した情報は、私が住んでいるソウルをもっと鮮明に見られるようにしてくれた。

 

以前はバックパック旅行といえば、会社をやめて人生をかけて旅立つという雰囲気だった。私も飛行機のチケットを買って息苦しい韓国を離れることが真の旅行であると信じていた。しかし、その気になれば、こんな近くで一拍7,000ウォンでバックパック旅行ができるのだと知ったその夜、私の胸はドキドキとときめいた。別に気にしていなかったサークルの女子の後輩が女に見え始めた瞬間と同じ感じだろうか。

 

私はそのようにして、日常の生活を続けながら、いつでも旅行が楽しめるということを知ったし、様々な楽しさ、興味深い人々、違った生き方の可能性などについて知ることができたし、その縁のおかげでこの間「아무튼, 게스트하우스(とにかく、ゲストハウス)」という本を出刊した。しかし何よりよかったのは、現実を少し違った視線で見て、ポジティブに思考する方法を学んだということだ。

 


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